無痛分娩の死亡事故、院長を書類送検へ 大阪府警

大阪府和泉市の産婦人科医院「老木(おいき)レディスクリニック」で1月、麻酔でお産の痛みを和らげる「無痛分娩(ぶんべん)」で出産中の女性(当時31)が意識不明になり、その後死亡した事故で、府警は6日、男性院長(59)を業務上過失致死容疑で書類送検する。無痛分娩をめぐる事故が各地で相次ぐ中、医師が立件されるのは異例だ。府警は容体急変後に適切な処置を怠ったことが過失にあたると判断した。

府警によると、院長は1月10日、同クリニックで同府枚方市の長村千恵さんが無痛分娩で次女を出産中に呼吸困難に陥った際、呼吸回復のための必要な処置を怠り、同20日に搬送先の病院で死亡させた疑いがもたれている。次女は帝王切開で生まれ、無事だった。院長が無痛分娩処置を行い、小児科医と助産師、看護師が補助していたという。

長村さんは脊髄(せきずい)を保護する硬膜の外側に細い管を入れ、麻酔薬を注入する硬膜外麻酔を受けた後、「息が苦しい」と訴えていた。院長が看護師らと人工呼吸や心臓マッサージをしたが心肺停止状態になり、堺市西区の病院に搬送され意識が戻らないまま死亡した。

一般的に医療事故で刑事責任を問う際には慎重な判断が求められ、今回のように無痛分娩をめぐる事故では前例がほとんどない。

府警の司法解剖の結果や複数の専門医の鑑定書から、長村さんは麻酔が効きすぎたことで呼吸困難に陥った可能性が高いことがわかったという。院長は、人工呼吸器を装着して強制的に肺に酸素を送り込む「強制換気」をしていなかったとされ、府警はこの点を過失に問えると判断した。強制換気は専門分野を問わず、患者が自発呼吸をできなくなった際に医師が施す一般的な処置だという。院長は事情聴取に「パニックになり、強制換気ができなかった。容体の変化の速さに対応が追いつかなかった」と話しているという。

今後は大阪地検が起訴の可否などを判断することになる。クリニックの代理人弁護士は「詳細は答えられないが、院長は『できる限りのことはやった』と説明している」と話した。(大部俊哉、長谷川健)

■父親「あまりに無念」

「娘は次女を抱くこともできないまま亡くなった。こんな悲しい事故は二度と起きてほしくない」。同クリニックで無痛分娩で意識を失い、その後死亡した長村千恵さん(当時31)=同府枚方市=の父親、安東雄志さん(68)が朝日新聞の取材にそう語った。

千恵さんは安東さんの三女。水泳が得意だった兄に憧れ、幼いころから水泳教室に通った。「負けん気が強く明るい性格。常に家族の中心にいる頼もしい娘だった」。大学時代は柔道部のマネジャーを務め、卒業後はスポーツインストラクターになった。2011年に結婚し、14年に長女を出産。次女の誕生を心待ちにしていた。

長女の出産後に腰を痛めたため、次女の出産では無痛分娩を望んだ。千恵さんはインターネットなどで医院の評判を調べ、実家から近い同クリニックを選んだ。ホームページの「複数名麻酔科医が在籍し、産科医、スタッフなどが体制を整えている」といった説明に納得した様子だった。

出産日の今年1月10日夕。容体が急変して搬送された総合病院に安東さんが駆けつけると、千恵さんは話すこともできず、ぐったりしていた。救急車で同行した院長に「何が起きたのか」と聞くと、「(麻酔薬などでアレルギー反応が起きる)アナフィラキシーショックではないか」と答えたという。

千恵さんは10日後、息を引き取った。

安東さんが「なぜ速やかに呼吸の回復処置をしなかったのか」と聞くと、院長は「気管内挿管などをして体を傷つけたくなかった。やるべきことはすべてやった」と答えたという。安東さんは「基本の処置が行われなかった」と訴える。

今回、実際には麻酔科医は立ち会っていなかった。「無痛分娩は年々普及しているが、麻酔の専門医が常駐せず態勢が整っていない医院はほかにもあるようだ。きちんとした環境を整えることが優先されるべきではないか」と話す。

いま、長女は2歳。寂しくて、「お母さん、お母さん」と泣き出すときがある。安東さんは「あまりに無念」と声を落とした。(長谷川健)

■日本産婦人科医会「刑事事件化には反対」

院長の書類送検について日本産婦人科医会の石渡勇常務理事は「お産に伴い母子が亡くなった場合などで民事上の責任を負うことは当然あるが、刑事事件化には反対だ」と語る。

今回は母親が亡くなったが、石渡さんは「赤ちゃんの方を助けようとした可能性もある。そこは医師の裁量の範囲で判断が間違っていると言い切れないのではないか」と述べたうえで、「リスクを恐れて無痛分娩(ぶんべん)の実施施設が減れば、ハイリスクの妊婦を受け入れるべき医療機関に(無痛分娩を望む)妊婦が集まり、周産期医療体制が壊れてしまう」と懸念する。

産科医療を巡っては、2004年に福島県立大野病院で出産時に女性が死亡し、福島県警が業務上過失致死と医師法違反容疑で担当医を逮捕。無罪判決が確定したが、手術法をめぐる医師の判断が適切だったかが問われ、議論が起きた。産科医不足に拍車をかけたとも指摘される。この事故などを踏まえ、再発防止に役立てるために病院などが自ら原因を調べ、遺族や第三者機関に報告する「医療事故調査制度」も始まっている。(佐藤建仁)

出典:朝日新聞デジタル

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