無痛分娩で母子が植物状態の悲劇 「人生が変わった」

「分娩(ぶんべん)室に入っていく前は本当に元気だったのに」。夫の悲痛な訴えが胸をつく。出産時に麻酔で痛みを和らげる「無痛分娩」をめぐり、妊産婦が死亡するなどの重大事例が相次いで発覚している。中でも京都では、同じ産婦人科医院でミスがあったとして3家族が損害賠償請求訴訟を提起。このうち1家族が7月、京都市内で記者会見した。車いすに乗った妻と長女とともに記者会見に臨んだ家族は「1人の医師の対応で、このような人生になってしまった。二度とこのようなことが起こらないように、原因を分析しないといけない」とも訴えた。一連の事態を重く見た日本産婦人科医会は無痛分娩について初めての提言を出す方針を決め、厚生労働省も近く研究班を立ち上げて実態把握に乗り出すという。

麻酔後に急変

7月29日、車いすに乗った女性と幼い子供が、それぞれ夫と祖母に押されて記者会見場に現れた。2人とも寝たきり状態で話すことはできない。会見中も、血流を良くするために体を揺すったりするなどのケアをしていた。それでも家族は「植物状態になっている現状を伝えなければ」との思いから、2人を同席させたと説明した。

訴えを起こしているのは、無痛分娩の処置で重い障害が残ったというロシア人女性の元大学准教授、エブセエバ・エレナさん(40)=京都市左京区=と長女のみゆきちゃん(4)。それに、日本人で大学教授のエレナさんの夫(55)と、エレナさんの母親で医師のボイコ・リュボビさん(63)。京都府京田辺市の医院「ふるき産婦人科」に対し、計約9億4千万円の損害賠償を求めている。

訴状などによると、エレナさんは平成24年11月、同医院でみゆきちゃんを無痛分娩により出産するための処置を受けた。

この際エレナさんは、脊髄を保護する硬膜の外側(硬膜外腔)に腰から注射し、局所麻酔薬を投与する硬膜外麻酔を受けた。だが約20分後に容体が急変し、意識を失った。

救急搬送先の病院で帝王切開によりみゆきちゃんは誕生したが、エレナさんは「心肺停止後脳症」と診断され、現在まで意識が回復せず植物状態に。みゆきちゃんも「新生児低酸素性虚血性脳症」と診断され、出産直後から植物状態のままとなってしまった。

夫らは、麻酔の針が本来より深い位置のくも膜下腔に達していたミスが疑われるほか、高濃度の麻酔薬を過剰投与したことが原因と訴える。

午前3時まで看護

「(エレナさんが)分娩室に入っていく前は本当に元気で、本人もこんなことになるとは思っていなかっただろう」と当時を振り返った夫。「硬膜外麻酔はきちんとしていれば問題はない。問題があったとしても早期に対応していたら、今のような状態にはならなかった」と悔しさをにじませた。

長期間の入院後、エレナさんは25年7月から、みゆきちゃんは27年6月から、自宅療養に。エレナさんは「今後、長期にわたり24時間介護の必要な状態が続く見込み」と診断された。みゆきちゃんは退院時の状態や今後の治療について「自発呼吸はほとんどみられず、音や光への反応もみられない」「24時間の介助が必要」とされ、ロシアからリュボビさんが来日し、夫とともに24時間態勢で在宅の介護が始まった。

会見で配布された資料には、洗顔や歯磨き、体位交換、カテーテルの洗浄など、午前5時半に起床してから翌日午前3時までの介護状況が記載されていた。

「分刻みで処置をすることが決まっていて、毎日がその繰り返し」と夫。大学教授としての研究時間を母子の介護に割いている日々だという。

高齢女性らに広がり

無痛分娩は局所麻酔薬で下半身の痛みを和らげ妊婦の疲労を軽減する出産方法。もともとは欧米を中心に行われていた施術方法だが、近年は日本でも人気が高まってきている。

日本産婦人科医会によると、疲労やストレスが少なく産後の回復も早いため、体力面など出産に対する不安を抱えている高齢女性に浸透。小規模な医療機関での施術が中心となっているという。日本産科麻酔学会によると、同会員が無痛分娩を実施している施設は27年現在、全国に約160カ所に上る。

安全対策を講じれば、リスクが高い出産方法ではないというが、医療機関の体制が十分でないなどの問題から、今回、重大事例が相次ぐ事態となった。

会見では、医師でもあるリュボビさんが、産婦人科医が1人で出産を扱う個人医院のリスクを指摘した。

リュボビさんによると、ロシアでは出産時に複数の医師が対応するといい、「同医院には産婦人科医が1人しかいなかった」とした上で、出産前のエレナさんからインターネットで見つけた同医院で出産をしたいと伝えられた際、「個人医院では出産しないほうがいい」と反対したことを明らかにした。

リュボビさんは「出産は簡単なものではなく、あらゆることが起きる。救急に対応する医師が必要」と訴えた。

国なども対策へ

厚生労働省によると、無痛分娩をめぐり大阪、京都、兵庫の4医療機関で、妊産婦の死亡など少なくとも6件の重大事例が発覚した。

こうした状況を受け、日本産婦人科医会は今年6月、出産を扱う全国約2400医療機関を対象に無痛分娩に関する調査を実施し、件数や診療体制についての実態把握を行った。調査結果は、近く発足する厚労省の研究班が分析し、安全対策に生かす。

また、今夏に公表予定の母体安全に関する提言の中には、医会が過去にまとめた無痛分娩に関する調査結果が初めて盛り込まれる見込みだ。

エレナさんとみゆきちゃんの介護を続ける夫は「2人の状態が変わってしまうことが一番心配。(今は)問題なく毎日を過ごせていることがうれしい」と話す。リュボビさんも、みゆきちゃんの親指が曲がるようになったことや、エレナさんが「ママ」と数回つぶやいたことなどに喜びを感じたといい、「いつかいいときがくると信じている。常に希望を持っていきたい」と力強く話した。

大変な介護生活の中、支え合っている家族。エレナさん家族ら3件の訴訟を起こされているふるき産婦人科は「取材はお受けしません」としている。

出典:産経WEST

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