東京女子医科大学病院

東京女子医大医療事故、防げなかった要因は「日本の社会」

一昨年、東京女子医科大学病院において、抗てんかん薬の過量投与による死亡事故が起きていたと各メディアが報じています。

抗てんかん薬を多量投与、40代女性死亡 東京女子医大

非常に痛ましい事故であり、ご遺族の心境を想像すると残念でなりません。
また、医療者の一人として、この事故が未然に防止されることなく、実際に発生してしまったことについて、忸怩たる思いがあります。

報道では、処方箋の調剤を担当した院外薬局から「量がかなり多い」として疑義照会があったとされています。残念ながら、薬局からの働きかけにより処方内容が見直されることはありませんでした。

この事例を調査した「日本医療安全調査機構」は処方内容について、「最良の選択肢とは言い難く、あえて選択するなら必要性やリスクを本人や家族に十分に説明して同意を得るのが望ましい」と指摘しています。

現時点では、「患者の希望に沿って確実な効果を期待した。リスクについて説明している」とする病院側と、「副作用の説明はなかった。あれば処方は受けなかった」とする遺族側の主張は食い違っていると報じられています。

この事故は未然に防ぐことができたはずだと、私は考えています。

そしてそれが実現していない理由は、医療制度設計を担当する厚生労働省や日本医師会、日本薬剤師会による不作為、そしてそれを十分に追及できていない日本のジャーナリズム、現状を容認し続ける日本の社会にあると思っています。

私自身の薬剤師としての経験に照らせば、受け取った処方箋の内容について、疑念を抱くケースは実際に存在します。薬剤師法は

24条 疑義照会義務 処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない。
と規定しており、薬剤師はその疑義について、処方箋を発行した医師に照会を実施します。 もし、照会によっても疑義が解消されない場合には、薬剤師は処方せんを調剤することができません。患者側に必要な注意喚起を行ったうえ、他医受診などの対応について説明すべき、とされています。

果たして、日本の薬剤師は、こうした本来の職責を十分に果たせる環境にあるでしょうか。

実際問題、疑義照会に対して医師が処方を変更しない場合、「そのままで」という回答が最も多く、その理由を自発的に説明する医師は少ないと私は感じます。

そして、自発的に説明しない医師に対して処方の理由を問う際、不機嫌にならない医師もそう多くはないと感じています。薬剤師業界の情報・書籍を眺めれば、「医師に聞き入れられやすい、疑義照会の方法」といった記事が溢れています。医師の機嫌を損ねると患者利益は実現されないというのが、医療業界のコンセンサスなのでしょうか。

ごく稀に、医師の処方内容・治療方針に納得することができず、他の医師に相談するよう患者に勧めることがあります。処方した医師からクレームが入り、その病院からの患者が激減したこともあります。

医師の皆さん、そして患者の皆さんは、私の行動を歓迎するでしょうか。

私と同様の言動を選択する薬剤師は、医学・薬学的に正しいとされる判断に留意しさえすれば、勤務する薬局に居づらくなったり、転勤させられるといった心配、医師が激高して処方箋発行を停止する恐れなく、業務を続けることができるでしょうか。

地域の患者さんは、「病院に近い薬局が良い薬局だ。院内処方であればなお望ましい。医師が処方したのだから薬剤師の能力など関係ない」とせず、責務を忠実に果たそうとする薬剤師・薬局を選択してくれるでしょうか。

医薬分業制度、すなわち処方箋を発行する病院と調剤を実施する薬局とを立場的・経営的に分離する仕組みが存在するのは、医師と薬剤師が各々の専門性を「患者に対して」発揮するという目的のためです。

制度自体は欧米など先進国の事例を取り入れたものですが、「日本型の医薬分業」とも呼ばれる幾つかの特徴があり、その代表が「医師による任意分業」です。これは薬剤師による介入が必要かどうかを医師が判断するという、職能間のヒエラルキーを是認する価値観を反映しており、保険医療における薬剤師の業務全般に通底しています。

こうした日本特有の分業制度が発するのは「医師が必要と考える範囲において、患者のために専門性を発揮せよ」というメッセージです。誠実で良心的な医師に働きかけ、処方内容の改善を図ることはできても、そうではない医師に対する抑止力にはなりません。

日本医師会が主張し、医療制度の前提となっている「清廉で高邁な医師」しか存在しないのであれば、日本の医薬分業制度に何ら問題はありません。しかし現実はそうではないと皆が知っています。

西村高宏氏は論文「日本における『医師の職業倫理』の現状とその課題」において、諸外国と比較して日本の「医師の職業倫理」徹底化には問題があり、その理由の一つとして、日本には任意加入の職能利益集団しかないことを指摘しています。

諸外国の医師会は、日本のように繰り返し医薬分業を攻撃し、制度を後退させようとはしていません。その事実は、日本の医療制度に関する議論がつまるところ「金と権力」の争奪戦であり、患者利益を最優先にしていないことを証明しています。医療倫理は脇に置かれたままです。

そして日本薬剤師会も、医薬分業制度の問題点について声高に主張することはありません。医師会・薬剤師会の政治的なパワーバランスを考慮すれば、「それが得策ではなく、現状の分業政策を進めることが妥当だ」と考えるからでしょう。しかし、当事者である薬剤師自らが制度の問題点について説明しなければ、国民に伝わることはなく、患者自身が警戒することすらできません。

あるいは、「時機が来れば、言うべきことは言う」とするのかもしれません。過去数十年間そのようなタイミングはなく、今後数十年パワーバランスが逆転する見込みもありません。つまりは自らの薬剤師人生において「自分からは言わない」という選択をしたのです。医薬品・薬物治療を司る専門職集団として誠実な姿勢であるとは思えません。

また、こうした医療業界の姿勢に対し厚生労働省も、追認することはあっても力関係に見合わない制度を導入することはないと指摘されています。政治家からの働きかけがある他、医系官僚・薬系官僚などといった派閥が存在し、退官後は業界に天下りする関係上、互いのメンツをつぶすことができないとされます。

ジャーナリズムもまた、医療事故を報じることはあっても、引き続きその根底に存在する業界の暗部について、強く批判することは稀です。国民は疑念を抱えつつ、医療制度の複雑さのために、それを受け入れる以外の選択肢を持ちません。

なぜ、薬剤師が職業倫理に従って処方内容について医師に指摘し、患者に対して注意喚起を行うという単純な行為に、これ程の困難を伴うのでしょうか。現状の制度・医療文化に問題がないとするなら、患者はどのように身を守ればよいのでしょうか。

憤りを感じます。

出典:HUFF POST

女子医大の特定機能病院の承認取消、通過点にすぎず

「特定機能病院の承認取消は当然。私たちが考えていたように、女子医大病院はずさんな医療を行っていたことを世の中に知ってもらいたい。これは通過点で、いったい何が行われていたのか、なぜ異常な量のプロポフォールが投与されたのかは、全く明らかになっていない。この点をどうしても解明したいが、まだ時間がかかるだろう」(男児の父親)

「命の危険がない手術でなぜ息子が死亡したのかを、明らかにしたいと思っていた。医療安全体制に重要な問題があるとされ、死亡に至った要因がようやく分かった。医療分科会では、『基本的なことができなかった』とされ、息子が亡くなってしまった。(女子医大病院を受診させたことは)非常に情けなく、息子に対して申し訳なく思っている。医療分科会で審議されたことは、ありがたく思っている」(男児の母親)

twmu(写真1)男児の両親の代理人を務める貞友義典弁護士。
厚生労働省の社会保障審議会医療分科会が4月30日、東京女子医科大学病院について、特定機能病院の「承認取消相当」という意見書をまとめたのを受け、プロポフォール投与事件で死亡した男児の両親は同省内で記者会見し、時に言葉を詰まらせながら、それぞれの思いを語った(『女子医大と群馬大、「取消相当という厳しい判断」』を参照)。会見からは、両親が求めていた承認取消が現実となったことで一つの区切りがついたという思いと、真相究明はいまだ途上という思いが交錯していることがうかがえた。

今回の承認取消は、2014年2月、頸部膿胞性リンパ管腫術後、人工呼吸中の小児には禁忌のプロポフォール投与を大量投与され、2歳10カ月の男児が死亡した事故が発端だ。その後、両親は、7月に特定機能病院の承認取消の要望書を、12月にはそれを補充する意見書をそれぞれ厚労省に提出していた。

会見に同席した代理人を務める弁護士の貞友義典氏は、事故に関係した医師をはじめ計10人を業務上過失致死容疑で訴える被害届が2014年5月に受理されていることを説明、「刑事手続きの問題について前に進むよう、警察と交渉していきたい」と語った。両親は今年2月には、麻酔科医ら5人を傷害致死罪で刑事告訴したが、不受理のままだ(『女子医大の医師ら5人、遺族が傷害致死罪で告訴』を参照)。医療分科会が特定機能病院の「承認取消相当」と判断した一番の根拠は、ガバナンスの不備であり、医薬品の安全管理体制や事故後の対応などに不備があったとした。一連の経緯を踏まえると、「いつ、誰が、なぜ」プロポフォールを大量投与したのかを明らかにすることが、両親が考える「真相究明」と言えよう。

 

 

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(写真2)男児の両親に同席した、「東京女子医大病院被害者連絡会」会長の東成志氏(左)、事務局次長の平柳利明氏(右)。
女子医大病院、承認取消は2回目
女子医大病院の特定機能病院の承認取消は2回目。初回は2001年3月に起きた、当時の同大の日本心臓血圧研究所(心研、現在は心臓病センター)の医療事故がきっかけ。本事故で、当時12歳の患者が心房中隔欠損症と肺動脈狭窄症の治療目的で手術を受けたものの、脱血不良で脳障害を来し、術後3日目に死亡した。2002年9月から、承認が取り消されていた(『院内事故調が生んだ“冤罪”、東京女子医大事件』を参照)。再承認されたのは、5年後の2007年9月だ。

女子医大病院は2014年2月の事故後、7月には日本医学会長の高久史麿氏を委員長とする、内部統制にかかる第三者評価委員会を設置、同委員会は9月に報告書を公表(『「女子医大、重大な危機にある」』を参照)。それを基に、「大学再生計画報告書」をまとめ、厚労省に提出していた(『「女性教授、2020年までに3割」、東京女子医大』を参照)。再生への取り組みの途上で、承認取消の処分に至った。

会見で、男児の父親は、「そもそも耳鼻咽喉科医による術前の説明で、術後の人工呼吸器や麻酔薬の使用などについて説明がなかった。インフォームド・コンセントが不十分だった」と述べ、結果的にプロポフォールが大量投与され、心電図や尿に異常が出たものの、適切な対応がなされなかったと改めて問題視。「誰一人として責任を持って術後の管理を行っていなかった。容体が悪化している息子を不安に思い訴えたが、主治医はICUの医師に問い合わせることも、添付文書を調べることもなく、『安全な薬である』と言い、全く訴えを取り上げなかった」などと語り、悔しさをにじませた。

今後、女子医大病院に求める対応を聞かれた父親は、「一番は患者に向き合ってもらいたい。本当にあの病院が立ち直りたいのであれば、膿を出し切って、患者のことを一番に考えれば、いい方向に進むのではないか」と述べつつ、「正直、今まで1年以上、接してきて、全く誠意がないので、立ち直ることは無理なのではないかとあきらめている」とも付け加えた。母親も、「特定機能病院でなくても、安全であることが病院の基本。なぜ基本さえできていなかったのか、息子の治療にかかわった医師、看護師、薬剤師は何をしていたのか。管理体制はどうだったのかを1点の曇りもなく明らかにして、その上で責任を取ってもらいたい」と述べ、真相究明を引き続き求めていくとした。

承認取消理由、「前回と同じ」
30日の会見には、女子医大病院で医療事故に遭遇した患者の遺族らで構成する「東京女子医大病院被害者連絡会」の会長を務める東成志氏、事務局次長の平柳利明氏も出席した。

東氏は、「医療行政として妥当な判断。医療安全体制が確保されず、チーム医療が機能していなかった上、患者家族に必要な説明を行っておらず、管理者が十分に責務を果たせなかったことを挙げている。2002年にも承認が取り消されているが、今回の理由とほぼ同じだった。2007年に再承認されているが、当時から何も改善されていなかったのではないか。再承認の際、何を審議したのか、本当に改善していたのかと疑問に思う。その後の厚労省の立入検査等も十分になされていなかったのではないか」と疑問を投げかけた。「女子医大はセンター制を取り、組織全体として機能していない。この点について厚労省と文部科学省が連携をしてメスを入れるのは有意義なことではないか」(東氏)。

2001年の事故で死亡した女児の父親である平柳氏は、「承認が取り消されて当然、と思わざるを得なかった」と語り、「(診療行為についての)カルテの未記載などがあり、今後は、保険医療機関の問題がある。厚労省保険局による調査が行われ、それなりの処分が行われるかを注視していきたい」との見方を示した。

出典:医療維新

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麻酔医「禁忌薬と知り使った」 東京女子医大鎮静剤投与死

東京女子医大病院(東京都新宿区)で2月、男児(2)が手術後に鎮静剤「プロポフォール」の過剰投与で死亡した事故で、同大の高桑雄一医学部長らが5日、都内で会見し、病院の調査とは別に、独自調査を行ったと発表。鎮静剤を投与した麻酔科医が「子供に使ってはいけない禁忌薬と知っていて使った」などと説明していることを明らかにした。

高桑氏によると、事故発生後、高桑氏らは麻酔科医や上司ら6人に独自の聴取を実施。麻酔科医は「(プロポフォールは)麻酔が効きやすく、効果が抜けるのも早いため管理がしやすかった」と話したという。5月には麻酔科医を教育現場から外し、全教員に禁忌薬についての再教育を行う再発防止策を講じたという。男児同様に、人工呼吸中の子供にプロポフォールを投与した例が、平成21~25年に55例あったことも明らかにした。病院調査に先駆けて独自調査を公表したことについては「記者会見をするよう理事会に何度も呼びかけたが反応がなく、説明責任が果たされていないと感じたため」とした。

一方、大学側は同日、昨年までの5年間に、人工呼吸中の子供63人にプロポフォールを投与したと公表。独自調査と数字に食い違いが出た。

出典:産経デジタル

東京女子医大プロポフォール投与事件

本件は、東京女子医大病院で2014年2月、麻酔薬プロポフォールの大量投与後に2歳男児が死亡した事件です。

そもそも、プロポフォールは副作用が大きく、十分な監視下での投与が必要です。さらに、小児への投与方法が確立されていない薬剤です。

特に、薬剤の使用方法には、集中治療中の小児への投与を禁忌と明記されています。

にもかかわらず、本事件では、たった2歳の男児に、「成人用量」の2.7倍もの量が投与されていたことが判明しました。

2歳の平均体重は10Kg程度ですから、単純に体重だけで考えると、20倍ほどの量が投与されていたことになります。

加えて、投与量がピークに達した時間帯に医師の署名が医療記録になかったこともわかっています。

危機管理や、安全性への配慮が欠けている事件であり、命を預かる病院とは思えないほどの杜撰なものだと言えます。

たった2年で、この世を去ることになった事が非常に悔やまれます。

ご家族もさぞ苦しいことでしょう。許されざる病院だと思います。